献血のつもりが明治回顧の旅に付いて考える(笑)

明治村を走る村営バス之圖

本日は既報通り、水無月の「長浜献血の旅」以来となる献血の旅に出向きました。今回は隣県で唯一攻略していなかった岐阜県で御座います。(☆∀☆)


所がこの「岐阜で献血」というのがかなりの曲者で御座いまして、実は岐阜県献血施設は全て岐阜県南部…美濃地方にあり、近間の飛騨地方には全く無いのであります。そんな訳で今回はその中で最も近い多治見の献血ルームを目指したのですが、近いと言ってもその距離230粁…時間にして四時間以上。名古屋に行くのと殆ど変わらないという素晴らしさで御座います(笑)。
当初は5時出発予定だったのですが、「遠足前の馬鹿餓鬼状態」で早くに目が覚めてしまい4時半に出発致しました(笑)。時折雨の降る中、國道41号線を直走り多治見を目指します。高山に入る頃には夜も明け天気も良くなって参りました。
國道41號線 岐阜県加茂郡七宗(ひちそう)町手前之圖
國道41號線 岐阜県加茂郡七宗(ひちそう)町手前之圖
予測通り9時前には目的地のJR多治見駅に到着致しました。多治見の献血ルームは駅前のビル内に御座います。
JR多治見駅之圖
JR多治見駅之圖
献血ルームの受付は10時からなので、それまで暫し駅近辺を散策。観光マスコットキャラクターの「うながっぱ」とか抜かす天才バカボンウナギイヌのパクリみたいな奴が御出迎えであります(笑)。然し流石先月日本最高気温を更新した地、この時も実に暑かった…"A( ̄‐ ̄;
観光マスコットキャラクター「うながっぱ」之圖
観光マスコットキャラクター「うながっぱ」之圖
ホームには中央本線太多線が停車しております。
JR中央本線及び太多線之圖
JR中央本線及び太多線之圖
運良く長野行き特急「ワイドビューしなの」にも出くわしました。
特急「ワイドビューしなの」之圖
特急「ワイドビューしなの」之圖
こうしておる内に10時になったので多治見献血ルームに向かい成分献血を行う。職員も富山から来た事を驚いていましたな〜。まあ、態々四時間以上も掛けて献血に来る様な酔狂な輩はそうも居まいて。( ̄ー ̄)
何時もの様に寝ておる内に献血は終了。壱時間強で今回の目的を終えました(笑)。
多治見駅前献血ルーム之圖
多治見駅献血ルーム之圖
目的も果たしたので早々と帰ろうとも思ったのですが、折角長時間掛けて滅多に訪れない地に来て此の儘帰るのも勿体無い…そう思い向かったのは愛知県犬山市にある「博物館 明治村」で御座います。この地は全國から明治時代の建造物を移築、展示した屋外型の博物館で御座います。
screenshot
北口で入場料を支払い中に入ると眼前にはいきなり駅が。その名も「東京駅」!
明治村「東京駅」之圖
明治村「東京駅」之圖
少しすると何と蒸気機関車が遣って参りました。勿論明治時代に使用されていた物であります。う〜む、SLに乗るのはこれが初めてですな〜。(〃ω〃)
明治村の蒸気機関車之圖
明治村蒸気機関車之圖
機関車は方向転換の為転車台に入ったのですが、何と人力での方向転換であります!Σ( ̄□ ̄;
機関車方向転換之圖
機関車方向転換之圖
うほ〜見事な力技ですな〜。
機関車方向転換之圖其之弐
機関車方向転換之圖其之弐
そして客車に連結、螺旋連結器と呼ばれる昔の連結器で御座います。
客車連結中之圖
客車連結中之圖
早速客車に乗り込み列車の旅に出る。客車は全て三等車両であります。
三等車両車内之圖
三等車両車内之圖
ゆっくりとした速度で列車は走り、伍分後に終点の「名古屋駅」に到着致しました。実に短いSLの旅であった…(笑)
明治村「名古屋駅」之圖
明治村名古屋駅」之圖
今度は京都市電に乗り換えであります。尚、壱日乗物券を購入すれば明治村内の交通機関が壱日乗り放題となります。
明治村内交通機関及び料金表之圖
明治村交通機関及び料金表之圖
少しして京都市電が遣って参りました。日本史の教科書に載っておった「チンチン電車」ですな〜。
京都市電之圖
京都市電之圖
運転台も実にシンプルであります。
京都市電運転台之圖
京都市電運転台之圖
移動中は車掌がガイドも兼ねております。流石この辺りはサービス旺盛ですな。( ̄ー ̄)
車掌、ガイドをする之圖 尚、他に写っておるのは全然知らない人です(笑)
車掌、ガイドをする之圖 尚、他に写っておるのは全然知らない人です(笑)
市電は京都七條駅を経由して終点の品川燈台駅へ到着。そしてこれが品川燈台であります。その名の通り、嘗ては東京品川にあった物であります。
品川燈台之圖
品川燈台之圖
これは日本の細菌学の先駆者、北里柴三郎氏が建てた北里研究所本館・医学館であります。中には北里氏の功績や明治時代の顕微鏡等が展示されております。
北里研究所本館・医学館之圖
徒歩で市電京都七條駅まで戻り明治村のメインストリート、レンガ通りに行く。これは長野にあった清水医院であります。
清水医院之圖
清水医院之圖
手前が待合室で奥が診察室であります。因みに此処には島崎藤村氏の姉、園子氏も入院していたらしい。
清水医院内部之圖
清水医院内部之圖
これは東山梨郡役所であります。此処には明治村村長室が御座います。
東山梨郡役所之圖
東山梨郡役所之圖
そしてこれが村長室であります。尚、村長は初代が徳川夢声氏、弐代が森繁久彌氏、そして現在の参代村長は小沢昭一氏であります。
明治村村長室之圖 参代村長小沢昭一氏の等身大パネルが御出迎え
明治村村長室之圖 参代村長小沢昭一氏の等身大パネルが御出迎え
更に徒歩で村内を見学。これは鉄道局新橋工場であります。
鉄道局新橋工場之圖
鉄道局新橋工場之圖
中には昭憲皇太后御料車(5号御料車)と明治天皇御料車(6号御料車)が展示してあります。車内には入れませんが硝子越しに見る内部は兎に角絢爛豪華で御座いました。
明治天皇御料車(6号御料車)之圖
明治天皇御料車(6号御料車)之圖
これは三重県庁舎であります。とても立派な造りでありました。
三重県庁舎之圖
三重県庁舎之圖
此方は嘗て神戸にあった大井牛肉店であります。中では実際に牛鍋も食せるのですが、安いのでも四阡円だったので丁重にお断り致しました(笑)。
大井牛肉店之圖
大井牛肉店之圖
好い加減徒歩と暑さで参って来たので村営バスに乗る。マイクロバスをボンネット風に改造したバスでエアコンが効いていて久々に涼む事が出来ました。何せ明治時代の乗物には当然ヱアコンといった洒落た設備は御座いませんからね〜。( ̄▽ ̄;
テープによるガイド付きのバスに揺られる事暫し、降りた所は金沢監獄正門前、嘗て石川県金沢市にあった監獄の門であります。
金沢監獄正門之圖
金沢監獄正門之圖
門を潜ると東京駅警備巡査派出所がありまして、当時の警官に扮したガイドが扇子を仰いで涼んでおりました。
東京駅警備巡査派出所之圖
東京駅警備巡査派出所之圖
そしてこれが金沢監獄中央看守所・監房であります。
金沢監獄中央看守所・監房之圖
金沢監獄中央看守所・監房之圖
監房内では当時の囚人が食事中でありました(笑)。
囚人食事中之圖
囚人食事中之圖
こちらは帝国ホテル中央玄関であります。今見てもとても立派な造りでありました。それにしても当時の建造物は、皆一様にして天井が低かった…( ̄▽ ̄;
帝国ホテル中央玄関之圖
帝国ホテル中央玄関之圖
村内の洋食屋で昼餉としてビーフライス(刻み海苔と錦糸卵が乗った焼肉丼の様な物)なるハイカラな食事を取った後、更に村内を散策。これは嘗て愛知県にあった半田東湯であります。能書きによると当時の銭湯は混浴だったそうで、現在も此処では混浴が楽しめます。尤も足湯ですが(笑)。
半田東湯之圖
半田東湯之圖
これは嘗て大阪にあった芝居小屋「呉服座」であります。尚「ごふく」ではなく「くれは」と読みます。
呉服座之圖
呉服座之圖
これは嘗て静岡県にあって、小泉八雲氏が避暑に訪れていた魚屋、山口乙吉氏の家であります。壱階部分は駄菓子屋となっております。
小泉八雲避暑の家之圖
小泉八雲避暑の家之圖
これは嘗て東京本郷にあった床屋「喜之床」であります。弐階には石川啄木氏が住んでおったそうです。
本郷喜之床之圖 弐階からは石川啄木氏が御出迎え(笑)
本郷喜之床之圖 弐階からは石川啄木氏が御出迎え(笑)
本当はもっと村内を廻りたかったのですが、氣が付けば既に参時間もの時間が経過しておりました。そろそろ帰らないと帰りがきついなと思い、再び名古屋駅よりSLに乗り、東京駅売店で土産のカステラを購入して帰路に就きました。
明治村名古屋駅外観圖 現在のJR名古屋駅とは大違い(笑)
明治村名古屋駅外観圖 現在のJR名古屋駅とは大違い(笑)
國道41号線を我が地元に向けて走っておると、JR高山線を走る特急ワイドビューひだと擦れ違いました。そういえば本日は高山線が約参年振りに全線復旧した日。我が地元にも参年振りにワイドビューひだが乗り入れ、大変盛況だったそうな。
國道41號線と特急ワイドビューひだ之圖
國道41號線と特急ワイドビューひだ之圖
途中睡魔に襲われつつも何とか帰宅、約拾伍時間、476.8粁に及んだ献血の旅は中々充実したもので御座いました。尚、その後爆睡に至ったのは言うまでもありません(爆)。


本日の脳内BGM:三橋美智也「明治カール」(謎)


という事で、本日は明治村を走る村営バスの寫眞でも。